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作文添削通信学習指導塾トップ>金田善裕プロフィール
作家(ライター)/ 編集者
1955年10月13日生まれ。
明治大学文学部文学科仏文専攻卒業。
余談ですが、国語の間違いについてはNHKのように絶対的にきびしい出版最大手の講談社からも2冊の著書を出しています。また、著書の一冊は『ウェブ進化論』の著者、梅田望夫さんからも高く評価されています。梅田さんの書評をご覧ください。
ここからが、プロフィールの本文となります。
大学時代のアルバイトとして作文の添削を始め、子どもの作文に魅了されました。子どもの純粋な心が作り出す作文はとても美しいと感じました。たった、1行だけの作文でも大きな驚きを感じたり、感動を得ることもできました。編集者となってからは若くして子どもの作文集の企画を立て、編者として『こども国憲章』を刊行することになりました。帯のキャッチコピーを谷川俊太郎さんにお願いし、朝日新聞に取り上げられ、新潮社の編集者から手紙をもらいました。その後、ジャーナリズム、執筆業、編集業の道に進みながらも、長年の夢として、再び子どもの作文と接する機会をうかがっていました。足かけ6年、50回の長期連載をヤフー提携誌、『月刊ヤフー・インターネットガイド』(ソフトバンク・クリエイティブ刊)に書いてきましたが、インターネット雑誌がどの雑誌も休刊される中、唯一のインターネット雑誌だった『ヤフー・インターネットガイド』も休刊になり、ようやく長期連載から開放され、子どもの作文にもう一度接する機会を得ました。
私の読書癖は幼年世界文学全集から始まり、ジュール・ベルヌの全集、少年、少女世界の名作全集に行き着き、何度も何度もくり返し読んでいたものです。もちろん、シャーロック・ホームズの大ファンでした。また、小学校3年の時に父親の吉川英治全集を何冊か読み、難しい漢字ばかりでしたが、それでも読んでいました。小学校時代は学研の『科学』と『学習』を購読し、本好きの子どもであると同時に理科の実験などが好きでした。
やがて、中学校に進学すると、化学部と文芸部と2つのクラブに入り、やがて、ノーベル賞作家大江健三郎氏の小説に熱中するようになりました。現在でも大江健三郎ファンクラブに入っております。中学校は中高一貫の進学校で1割が東大進学、3割が東大、京大、一橋、東工大という学校でした。小学校では、副クラス長も勤める、一種の優等生でしたが、進学校では一転して劣等生となり、悩みを抱えました。ただ、今にして思えば、優等生としての立場、劣等生としての立場の両方が理解できてよかったと思います。
高三の一学期には旺文社の模試で私立文系で偏差値84.7を取り、どこの大学のどの学部でも圧勝で入れるなどと思い、まったく受験勉強しなかったところ、結局、明治大学におさまってしまいました。その進学校の開校以来の劣等生ということになります。
大学時代はボ・ガンボスのドラマー岡地明、YMOの元コンピュータ・プログラマー藤井丈司などとブルースバンドを組み、もっぱら音楽をやっていました。卒業後、若者向け雑誌『ヘブン』に編集者として参加し、マスコミの世界に入ることになりました。80年代は金田トメ(大学のクラブの先輩につけられたあだ名です)のペンネームで雑誌『宝島』などに原稿を書いていました。連載を持っていた時期もあります。若者向け雑誌だったころの宝島の歴代執筆者の1人です。同時に子どもの作文集『こども国憲章』を編者として出版しました。また、『クリームソーダ物語』『ワイルドスタイルで行こう』『略称俗物図鑑の本』などの書籍を編集。91年から93年まで自腹でミニコミ『News&Voice』を毎年1号づつ発行。95年から休刊まで毎日コミュニケーションズ発行、月刊『デジタル・ボーイ』誌に連載を持つと同時にコントリビューティング・エディターを務めました。連載は最初1ページだったものが人気を博し、2ページになり、CD-ROMにまで収録されるようになりました。95年からは早くからインターネットにふれていたせいで、インターネット関係の雑誌が中心になって連載、コラムなどを書いていました。95年、書籍『サイバー・レボリューション』(第三書館)、96年『感じるインターネット』(アスキ−)の編者。95年から96年にかけて渡米し、サンフランシスコのインターネット・カルチャー・シーンを見て歩き、97年にサンフランシスコ取材をまとめた著書『ネット・ボイス イン・ザ・シティ』(アスキー)を発行しました。その後、何度か長期渡米し、インターネットをテーマにした取材活動を行っていました。2000年1月20日には、月刊『インターネット・アスキー』に連載していた『人気ホームページ・プロファイル』を大幅加筆訂正して著書『100万ヒットホームページを作ったむ人々』(アスキー)を刊行。2002年5月24日著書『個人ホームページのカリスマ』(講談社)発行。2005年6月10日著書『ネット副業の達人』(ソフトバンク・パブリッシング)発行。
『ヤフー・インターネットガイド』に足かけ6年50回にわたり連載を持っていたが、雑誌休刊と同時に終了。
それとともに、長年の夢だった子どもの作文の添削を始めることになります。
共著多数(『現代用語の基礎知識2007』『80年代百科』などなど)。著書、編著も入れて9冊。また、ジャーナリストとして、ヤフーのカテゴリーにも登録されています。
ここで、少しお知らせしておかなくてはならないことがあります。申し込みをされた時点で送信いたしますメールにも書きますが、私が主宰するコミュニティサイト『奇天烈』(http://www.kiteretu.jp)は編集者、ライター、小説家志望の若者が集まって、いろいろな投稿がありますが、一部に過激な表現があります。文学青年らしい過激さですが、お子様のためにはよくないと思われます。もし、パソコンをお使いでしたら、奇天烈のURLをフィルタリングソフトでブロックしておいていただければと思います。
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